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学習院大学水泳部競泳部門

forever challenge!!

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4/19(金) @大ぷ


北山さんから指名され、3日も書くのを忘れたのち、遂に自分が指名した高岡くんにも抜かれた持田です。ほんとにすみません。。


こんな僕の日常はというと毎日映画を観まくる日々でとっても忙しく、恋人を作る暇もありません。ほんと、どえらい毎日です。

最近見た映画で例えると、『Brazil』という映画がいいですかね。簡単に説明すると、もう訳がわからないけど、とにかく楽しいって意味です。趣味さえ充実していれば恋人なんて要らないと心に言い聞かせて毎日を過ごしています…😶😶😶



はい!
それでは気を取り直して。金曜日のメニューはブロークンでした。サークルは長めでも、怪我明けで左の足首の機嫌に振り回されてる僕にとっては久しぶりに気合の入るメニューでした。

僕の課題は、200m個人メドレーの真ん中100m。背泳ぎと平泳ぎです。ここで1分10秒以内で来れればインカレも見えてくるのですが、いかんせんこの100mが難しすぎるんです…。

Frは頑張るのは当たり前で、ここの真ん中100mを如何に速く泳ぐかに全てがかかっているのに恐怖心に負けてアクセルを踏み込めなかったり、逆に空回りしたり。こんな感じで、上手くいかないことがほとんどだけど、平泳ぎには無い個人メドレー独特の世界観に取り憑かれてしまいました(笑)種目ごとに独自の世界観があって、それを楽しめるのも水泳の面白さでもあると思います。






さて、大我くんの文章が熱かったので僕も少しだけ。。たまには真面目なアウトプットもしないと本当の自分というか、ルーツというか…そういうものを見失ってしまうしね。

で、とてもじゃ無いけど水泳人生全てをここで振りかえるのは無理なので、高校時代の思い出について少し書きたいと思います。


僕は15歳で東京の超強豪・日大豊山高校に入学、上京しました。上京する日、父から1枚の写真を渡されました。その写真は、ハウステンボスのプールで撮った写真で、僕が初めてプールという場所で泳いだ瞬間のものでした。父は言いました。「この時のなんとも言えない表情は一生忘れられない。まだ小さいのに、一人で遠くまで泳いでいった。まるで今日のお前みたいに。。」お察しの通り、僕は号泣(笑)寮のカーテンで仕切られた狭いベッドの上で静かに泣きました(笑)

ここでわかったのは、「辛い練習辛い毎日でも誰かのために泳ぐと頑張れる」こと、「自分の頑張りで地元・チーム・家族・恋人などを幸せに出来る」ことです。これは実際に僕が感じたことなので間違いないものです。

でも、「水泳は個人競技だろ!?」とか、「いやいや人のためじゃなくて自分のために泳げよ!」とか、そういう考えもあると思います。僕も何度もこの問いについて考えました。

中学までの自分は、両親や周りの人のサポートの上に自分があったようなもので、自分の結果というものが、両親など周りの人へダイレクトに伝わり、影響はとても大きかったと思います。周りの人を喜ばせたり、感動させたり、幸せに出来ていたと感じていたし、僕自身も幸せでした。

それに対して高校では、結果は全て自分自身の責任。結果が全て。理解者は少なく、インターハイに出場未満の選手はほぼゴミ扱い。全国トップの選手の前では、思っていたような自分への指導は受けられず、1つの失敗や過ちで揚げ足を取られ続ける。週10回の水中練習と陸トレ。それに労いの言葉などなく、冷たく罵倒され続ける日々。3枠を6~7人で奪い合う熾烈すぎるレギュラー争い。たった0.1秒速いだけの選手をサポートし、一日中立ちっぱなし、毎日走り回ってマネージャーをする遠征。あからさまな先輩至上主義。

僕は完全に自分を見失いました。

自分が泳ぐ意味を考える余裕など、どこにもありませんでした。自分のためなのか誰かのためなのかさえわからない。毎日をこなすことで精一杯。日々、どう楽をして、いかに生き延びるかだけを考えていたような気がします。

でも、この厳しさこそが現実でした。

そして、長年勝負の世界で人生をかけて指導しているコーチ陣・チームの考えでもありました。

では、先程自分が泳ぐのは「人のため」か、それとも「自分のため」なのかという問題をとりあげましたが、豊山をはじめとする「強いチームのみなさん」はどう考えているのでしょうか。この答えとしては、、、はっきり言って、

どちらでもありませんでした。

僕は、「結果のために泳いでいる」ように見えました。本当にギリッギリでスレッスレのバチバチな勝負の世界では、自分のため人のためとか考えてる時間などないのです。ただひたすらストイックにトレーニングする。自分が起こす選択・行動の全てが結果となって現れる。結果のために泳いで結果が残せれば、おのずと自分も周りの人も幸せにできる。すでに日本代表になっていて、手帳にオリンピックまでの具体的な計画が書いてあった同期はそう信じて毎日を過ごしている。僕にはそう見えました。

ただし、「自分のために泳ぐ水泳」、「誰かのために泳ぐ水泳」を否定するわけではありません。自分の目標を達成する喜びを味わえるのは、自分が自分に目標達成という目的を課しているからだし、いいリザルトを出すことで誰かを幸せにできて喜びを分かち合えるのもめちゃくちゃ素敵なことです。


高校ラストの引退レースの前夜、自分の3年間は一体何だったのだろうか…。充実した、そして後悔の無い2年半だったのだろうか…。
なにより、自分が泳ぐことで自分を、または誰かを幸せな気持ちに包んであげることが出来たのだろうか。

しばらく考えましたが、答えと呼べるような1つの考えが浮かんだのは引退レースの前夜。明確になったのはレースの後のことでした。

レース前夜、僕は上京したあの日と同じように、この写真を見つめていました。

そして翌日、レースが終わりレースを見に来ていた父の元へ行き、握手をして顔を見た瞬間、解放された大量の溢れる気持ちからか、僕は涙が止まりませんでした。入学するときには分からなかった、「なぜ自分は泳ぐのか」への答えが明確に見えた瞬間でした。気づいたら父も泣いていました。

ここで思ったのは1つだけ。

悔しい。

他の何にも変えられないほどの悔しさ。豊山に行かせてくれと頼んだ日、涙を流して喜んでくれた父に、もう一度晴れ舞台で誇らしい姿を見せられなかったことの悔しさ。


そう、自分は、紛れもなく、「結果のため」に泳いでいたのです。「結果のため」、全てをかけて泳いでいたからこそ溢れる涙でした。

気づくのに2年半もかかってしまいましたが、この厳しく辛く苦い高校生活がなければ、豊山に挑戦せず山梨で自分にも他人にも甘い競技生活を送っていたら、今もまだ自分が何のために泳いでいたのかわけわからず適当になんとなく「楽しかった」で終わっていたでしょう。

これに気づいた時、涙が止まらなかったのです。「あぁ、本当にやりきった…」と。後悔など、微塵もありませんでした。






まあこれが僕の高校生活の1つの思い出です。笑

正しいかどうかは賛否あると思いますが、人間として、また1人の水泳選手としてこんなに成長できたと実感できた瞬間は未だこれ以外ありません。

厳しかった指導も、今ではもちろん僕自身理解しており、豊山で良かったなと心から思っているのですが、大学水泳においてこれをみんなに強いるつもりは毛頭無いです。なぜか。豊山は全員が速くなりたいという前提で話が進んでいるのですが、大学ではそうは限らないからです。

僕が水泳人生をあまり語らないのは、こういった所に問題を感じているからです。これでもほんとにだいぶ丸くなったんですよ(笑)

つまりのところ、価値観は人それぞれ。自分の泳ぐ意味は自分で見つけろ。てことです。そして、考えも行動も結果も、「全ては自分自身」だということです。自分以外のどこにも責任を取らせることなど出来ないのです。


果たして「誰かのために泳ぐこと」と「自分のために泳ぐこと」は違うのだろうか?皆さんも、哲学的な視点で水泳を見てみてください。なぜ自分は泳ぐのか。全ての答えはここにあると思います。

僕にとっての水泳は、かつては「水泳を頑張ったから道が拓けた」ものが、今では「道を拓くために水泳を頑張る」に変化しました。

これはプラスの変化かマイナスの変化か。答えを探す日々はまだまだこれからです。また次の練習から頑張っていきましょう!



3年 持田

| 練習日の日記 | 03:08 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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